はじめに
久しぶりのブログ更新です。
この間一体何をしていたのかというと、自宅の大掃除です。子供もぼちぼち大きくなってきたので部屋の運用を変えようと思い、一念発起して不用品の断捨離をしていました。今まで住環境を整えようという気持ちなど微塵もなかったのですが、やってみたら心境に変化があったので忘備録としてまとめておこうと思います。
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きっかけは体調不良
昨年の秋ごろに体調を崩して病休をとっていたのですが、どんどん部屋が散らかり、部屋の空気が澱んでいることに気づきました。体調不良で起き上がれないことも多かったので余計に家の雰囲気が暗くなっていました。
そこで遠方の親に応援を頼み、片付けや掃除などをしてもらい、部屋を整えてもらったところ、とても住みやすくなったのです。
その後産休のタイミングで、家に溜まっていた不用品を積極的に処分するようにしました。以前は来客があると家中大掃除が必要でしたが、今は少しものを片付けるくらいで対応できるレベルになりました。
労力を使った貰い物の整理
今回の片付けで一番労力を使ったのは貰い物の整理でした。私の数少ない友人・知人が良かれと思ってプレゼントしてくれたであろう物品を処分しなければならないのは心理的に抵抗が強かったです。
乗り越えるためのマインドセット
もらいものを処分する際には、断捨離の本などを参考にしながら
「その時の気持ちを忘れずにいればいいのではない」
「『今』困っているのであれば手放すのも大事」
「ものがなくなってももらった事実は消えない」
と自分に言い聞かせ、淡々と処分していきました。
片付けで見えてきた自分のコンプレックス
処分した後は、部屋がすっきりしてうれしくなるのと同時に、自分が人間関係に固執していたことにも気付くことができました。
自分は、人を覚えるのが苦手なうえ、自分の意志がはっきりしているので人付き合いが苦手です。
その一方で他人には嫌われたくない、穏便に済まそうという一心で外面だけへらへらしていて乗り切っていました。けれどもそうなると自分の意志と異なる行動を取らなければならないためストレスは貯まる・・・この考え方が「物にあふれる家」という形で具現化していたのかもしれません。
今回ものとエピソードを切り離して考える経験ができたので、人間関係も適切な距離が取れるような気がします。
行動選択には労力がいるという気づき
家の中を片付けようとする中で気づいたのは、「片付けは選択の連続である」ということ。まだ子どもがおらず、仕事に忙殺されていた時は、体を休めて早く寝ることに必死で、部屋の状況まで気を配ることができていませんでした。むしろ「寝る場所もあるし食事できる場所もあるんだからいいじゃないか」というレベルでした。
今思えば、片付ける上で捨てる選択をするリソースが残っていない日々を過ごしていたので、忙しさにかまけて、小さな選択することから逃げていたのかもししれません。
いわば「セルフネグレクト」一歩手前だったかもしれません。
セルフネグレクトについてはこちら
知識としては公認心理師試験勉強で知っていましたが、自分がそうなりかけていたことには全く気付いていませんでした。
その状態から家族が増え、子供のことを考えるうちに「この状態はまずいんだ」ということに気づき、片付けができるようになったのはいいタイミングだったように思います。子供だけではなく、自分のことも大切にしないとならないな、と自然に思えました。
片付けから得たもの
家を片付けることで、選択する勇気の大切さを知り、小さな選択を繰り返すことで自分の大事にしているもののあり方を再定義することができました。
さらに不用品の選択ができる→気持ちの切り替えができる→部屋が片付く→効果がすぐ見える→自己肯定感が上がる→自分の選択に自信が持て、大きな物事に挑戦できる
という良い連鎖反応が起きることがわかりました。
おわりに:生きることは、選択すること
今回は、片付けを通して得た「生きることは、選択すること」気づきについてまとめてみました。
教員や看護師等の他者の世話をする職業についていると自分の世話ができず、セルフネグレクトになりやすいそうなので、今後も気をつけていきたいと思います。
私は凝り性で、やりすぎるとのめりこんで危険な予感がするので程々にしようと思いますが、今回は思い切って部屋の整理をやってよかったです。
さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。


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