はじめに
今回は関東人である管理人が関西で勤務して驚いた文化についてです。
「関西弁とはいえども同じ教科書を使っているわけだし、学校でやることは変わらないだろう」と高をくくって関西の小学校の門をくぐった赴任当日。初日の低学年教室へ入った瞬間それを後悔するなんて・・・。というわけで、あの頃の自分のやり場のない思いを供養するためにこの場に書き記そうと思います。
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ロリポップでブログをはじめるNice to meet you, Tsubonori.
「せんせー、のりないからつぼのり使っても良いですか?」
???????????つぼのり?????Tsubonori??????
子供に見せてもらうと、なにやら中に白いゲル状のものが入った、見慣れない黄色の入れ物を出してきました。その場はとりあえずそれをつかってもらい、放課後同僚の先生に後から話を聞いてみると、
関西の子供は、小さいうちは、つぼのりを指で取ってのりづけをすることが多い。この小学校では低学年は図工の時間につぼのり、プリントを貼ったりするときにスティックのりを使うとのことでした。関東ではスティックのりと、液体のりの併用はしていたのですが、30年以上生きてきて、つぼのりと言うものを初めて知った衝撃は、なかなかのものでした。
さらに調べてみると、「フエキのり」という会社が大阪にあるので、それももしかすると関係があるのかもしれないなぁと思いました。このかわいらしい顔は、新大阪駅のお土産コーナーで見たことがありました。あれはのりだったのか!!と数年遅れの伏線回収ができました。
余談ですが教えてくれた同僚に関東で使っていたアラビックヤマトの液体のりの話をしたら、とても不思議そうな顔をされました。
プリントを「なおす」?
授業見学をさせてもらった際に、教員が「今配ったプリントはなおしておいてください。」と指示を出しました。いったい何を直すんだ?誤植でもあったのかなと思い見ていると、子供たちがいっせいにプリントを机の中に片付けていました。関西の方言で「なおす=片付ける」だったようです。私のいた地域では「片付ける=かたす」だったので、カルチャーショックでした。道理で私が「机の上、早くかたしてね!」と言うと子供たちがポカーンとしたわけだ。
ちなみに後日私の授業で「かたす、って何ですか?」と聞いてくれた子がいたので「かたす、は、片付ける、なおすって意味だよ」という不思議な翻訳がなされました。
「スコップ・シャベル問題」
授業内でスコップやシャベルを使ったときに、それは発覚しました。

私が指示しているものと逆のものを、子供が持っている、だと・・・・?
今まで私は
「スコップ」・・・・大きな穴を掘る時に使う、両手で持って足で踏んで使う大きな方、
「シャベル」・・・・・球根を植木鉢に植えるときに使う方
だと思っていたのですが、関西では、
「シャベル」・・・・大きな穴を掘る時に使う、両手で持って足で踏んで使う大きな方、
「スコップ」・・・・・球根を植木鉢に植えるときに使う方
と逆のものを指すようですね。これは今でも間違ってしまいます。ちなみに、こちらは地域によって呼び方が異なるようです。
「あのね帳」は灰谷健次郎のオリジナル実践ではなかったらしい
自分が小学生の頃に読んでゲラゲラ笑っていた「せんせいけらいになれ」というエッセイ本や、「1年1組 先生あのね」という灰谷健次郎の著作の核になっていた「あのね帳」というシステムが、まさか本当に学校現場で行われていたとは思いませんでした。
あのね帳は、子供たちが日記を書く際の書き出しを「せんせい、あのね・・・・」とすることで、話をするように書けるようになり、子供たちのみずみずしい感性をそのまま文章にすることができるという教育実践です。そういえば灰谷健次郎は神戸の人でしたね。
ここは異世界か・・・・?
法律や言語(共通語)は同じであるはずなのに、当たり前だと思っていたものが微妙に違っている世界。所変われば品変わる、という便利なことわざが日本にはありますが、まさにそんな気分になりました。職場の人は「言ってくれたら教えるよ~」と優しく声をかけてくれますが、当初は何が違うのか分からなさすぎて、何を聞いたら良いのかが分からないというカオス状態に、「あ、私は最近よく見る広告みたいに異世界転生しても、速攻で引きこもって何も物語が展開されないな」などと現実逃避をせずにはいられませんでした。今はだいぶマシになり、少しずつ異世界の文化にも馴染みつつあります。
おわりに
もしかすると、これは私の赴任校がたまたま特殊同士で噛み合わなかった事例だったのかもしれません。
しかし、これらのエピソードから「同じ教員という職業に従事している人でも、前提となる文化や暗黙の了解を全員が持っていると思い込むのは危ういことだ」と学びました。
同じ日本国内でもこの状態なので、他の地域にルーツがあるような親子はもっと大変な思いをしているんだろうなと思いをはせずにはいられませんでした。
今必要なのは「郷に入りては郷に従え」の精神ではなく、「自分たちが持っている文化や暗黙の了解を、明文化して異文化の相手に伝える力」なのかもしれませんね。
さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。



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