経歴の振り返りで、ナラティブアプローチをしていたことに気付いた話

crop unrecognizable man talking to female psychologist 公認心理師試験
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はじめに

前回の記事では、公認心理師試験受験後の率直な感想を書きました。
今回は、自分の今までのことを振り返りつつ、「その道の達人」ということについて思ったことをつらつら記事にしようと書いていたら「あれ、これってナラティブアプローチじゃない?!」と気付いた話です。
よろしくおつきあいいただけたら幸いです。

公認心理師についてはこちら・・・
https://mawarimichi-tatsujin.com/category/%e5%85%ac%e8%aa%8d%e5%bf%83%e7%90%86%e5%b8%ab%e8%a9%a6%e9%a8%93/


教育関係の記事はこちら・・・
https://mawarimichi-tatsujin.com/category/%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/%E4%B8%80%E6%95%99%E5%93%A1%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E6%80%9D%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8

子連れ旅はこちら・・・
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回り道体験談はこちら・・・
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その他記事はこちら・・・

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ドミナントストーリー:「その道の達人」になりたかった思春期

話はさかのぼりますが中学・高校時代のまつゆきは、楽器の演奏家を目指していました。東京にレッスンにも通い、コンクールにも出て、ピアノも習い、歌もならい、学業もそこそこにひたすら音楽に打ち込んでいました。

これだけやったんだから、音大には入れるだろう、プロとして楽器の演奏で成功して食っていけるだろう、と甘っちょろいスタンスで日々を過ごしていましたが、その一方でもし無理だったらどうしようという不安感が常につきまとっていました。
その頃は思春期で斜に構えていたこともあり、楽器を上手に演奏することが、自分の存在価値だ、自分から楽器をとったらもう何も残らないと思い込んでいたこともあり、必要以上に音楽に固執していました。
一通り年をとって、楽器が吹けると言うことは自分を構成する要素の一つであり、それが全てではないと分かったんですがね…。

とりあえず、十代の自分にとっては「音楽=唯一の自分の存在価値・存在意義」と思い込んでいました。

しかし、そんな状態で受験に成功するはずもありませんでした。結果としてプロの登竜門には入れず、滑り止めで合格していた大学では音楽のつぎに好きだった歴史学を専攻します。音楽から少し離れ、アマチュアとして生きていくことになりました。

ドミナントストーリー:「その道の達人」に必要だったものが、自分にはないと気付いた学生時代

楽器から離れた最初の頃は自分の存在がひどく無価値な物に思えて仕方なく、ここに自分の居場所はないと思っていたのですが、歴史学を学ぶ中で、「楽器を吹いていない自分」に対して関わりを持ち、仲良くしてくれる人々と出会い、あれ?楽器がなくても人と関われるぞ?と気づけたのはとても大きな収穫でした。いわばドミナントストーリーの例外を得ることができました。そして、音楽に固執していた「音大志望の私」として、問題を外在化することができました。

さらに音楽から距離を置いて分かったことは、自分は音楽が好きなのではなくて、楽器を演奏し、練習して上達するプロセスをこなすことが好きだったこと。ちなみに大学に入ってから、仲のよかった高校時代の先輩にこの話をしたら、「え?!気づいてなかったの?!」と言われました。傍目八目とはまさにこのことですね。

演奏家の卵を志していたあの頃の私には、その「道のプロ」になる人が必ず持っていなければならない、あるものが欠けていました。それは、「覚悟」です。自分の選択を信じる「覚悟」。信じた物を貫き通す「覚悟」。選択をして得たどんな結果も、人のせいにせずに自分で受け入れる「覚悟」。自分の行動の後始末まで最後までやり抜く「覚悟」。この覚悟と、強い意志の力が、「その道のプロ」になるために必要な物だと思います。この覚悟がなかった私は、結局音楽のプロにはなれませんでした。

「回り道の達人」を目指すことにした、学生時代の終わり

音楽から離れて、歴史学の道に進もうと決めたとき、楽器を教わっていた師匠に報告に行きました。正直、教わっていた音楽の道と違う方向に進むことを報告するのは「自分は初志貫徹できない中途半端な臆病者である」と宣言するように思えてならず、気落ちしていました。

中学時代からずっと見守ってくれていた師匠は、音楽の道を諦めて別の道を進もうとする不肖の弟子である私に「おまえの頑張りはずっと見ていたからよく分かる。信じた道を進め。遠回りしたように思うかもしれないけれど、遠回りをしたことはいつか必ずおまえの財産になる。だからどんなときでも自信を持っていけ!」という言葉をかけてくれました。

その励ましの言葉をもらったことで、

自分の人生は、何をやっても一流になれず中途半端

という捉え方だったのが、

自分の人生は、様々な経験を通して財産を得ることができた

違う角度から今までの経歴を捉えられるようになりました。ストーリーのとらえ直し、まさにナラティブアプローチです。

甘っちょろい覚悟しか持っていなかった自分ではあるが、音楽のプロの世界と、歴史学のプロの世界を垣間見ることができた。今は幸運なことに、曲がりなりにも教育のプロとして、社会と接することができているじゃないか、というように今までの自分がやってきたことが無駄ではないように思え、少しだけ自分が好きになれました。

おわりに

そこから私は、

「回り道」の達人

を目指すことにしました。これからも、たくさんの回り道をして、「回り道のプロ」として、見聞を広めていきたいと思います。

新型コロナが流行してから3年目に入り、以前当たり前にできていたことが当たり前ではなくなってしまった現実。むしろもうコロナ以前の生活は帰ってこないのではないかとも思えてしまう今日この頃ですが、新たなストーリーを紡ぐことを続けていきたいと思います。

さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。

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