夏休み削減、週当たりの授業数削減は、子どもに対して不寛容な社会の象徴である

teach dice ornament on table 一教員として思うこと
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はじめに

文科省が公立小中学校の授業数を減らして、年間を通じて実施日数を増やすことで週当たりの授業数削減を促す方針を示しました。

週当たりの授業数、削減を 小中教員の負担減、事例周知へ―文科省:時事ドットコム (jiji.com)

時事ドットコム

簡単に言ってしまえば、「夏休みを減らしてその分他の時間を減らそうぜ」ということです。一見良さそうな提案に思えますが、本当にそうでしょうか?

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昔の子供たちより暇がない現在の子供達

昔より格段に増えている学校での学習内容。
共働き家庭の増加で夜まで通う学童保育。
多様化する習い事。
加熱する受験競争。

今を生きる子供たちは「やること」が多く、こなしていくことで精一杯で、暇な時間などないのではないか、というぐらい忙しいように見えます。もちろん、子供自身がやることを楽しんでいることも多いとは思いますが、果たして彼らには頭を空っぽにしてぼーっとする時間はあるのでしょうか?

頭を空っぽにしてぼーっとする時間は、長い休みの時にこそ得られるものです。

大学院時代に、東洋史の先生から

「暇」という字は「日」と「叚」という字が組み合わさってできている。「叚」は未加工の玉という意味だと『大漢和辞典』に載っている。
つまり、未加工の玉を日にちをかけて磨き上げる時間が暇なのだから、
暇とは隠れた価値を持つ時間のことなんだよ。

と教えてもらいました。

時間に追われる日々を過ごした子どもたちは大人になった時に「暇=自分の時間」を過ごすことができるのでしょうか。与えられたことをこなすだけでは、自分で考えて行動する時間が減ってしまうことが想定されますね。

なぜ休みを減らしてまで登校させたいのか

理由は二つあると考えられます。

①学習内容の増加

ゆとり教育で推された総合的な学習の時間も、近年推され始めたプログラミング教育も、昔はやっていなかったはず。

そもそも、なぜ夏休みを削って登校させなければならないほど勉強する内容が増えたのでしょうか。一言で言ってしまえば、ゆとり教育の反動でしょう。それにしたって、ゆとり教育の反動がでかすぎやしまませんか?

②休日の子供たちを支えるマンパワーを現代社会が担保できなくなっているから

子育て世帯の割合がどんどん減少し、少数派になった結果、保護者が休むことで社会活動に支障をきたすようになり、結果として親が子どもと関わりにくい社会になってしまったということです。

しかしこれらをなんとかしなければならないのは本来は福祉の分野であり、教育ではないはず。学校が福祉のセーフティネットに中途半端に組み込まれてしまった結果、このような提案になってしまったのではないでしょうか。

おわりに

まとめると、

いくら「平日の授業を減らし、教員の働き方改革をする」、という大義名分は立派だが、結局は長期休暇を減らしてしまっては、子どもが子どもらしくいられる暇な時間を担保できなくなる。そのような発想に至るのは、子育て世帯の割合が減り、少数派となったことで子どもを育てることに関して不寛容な社会のひずみが表面化しただけであり、当の子どもにとっては大迷惑だろうな」という私見でした。

さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。

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