はじめに
先日、茨城県の教員採用試験から教職教養を除外するというニュースがあり、教育業界には激震が走りました。

今回は育休中の教員として、元茨城県の教員だった者として思うところを述べていきます。
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ロリポップでブログをはじめる教職教養を除外するメリットはあるのか
表向きは「一般企業を受ける就活生に門戸を広げるため」「幅広い人材を登用するため」の改革だと言っていますが、果たして一般企業を受けるような人たちが、教職教養の試験科目がなくなったくらいで教員採用試験を受けてみようと思うのでしょうか。答えはNOでしょう。
なぜなら、教員の希望者が減っているのは、プライバシーの侵害が横行し残業代も出ないような仕事だということが明るみに出ているからであり、試験の難易度云々の問題ではないからです。
恩恵がある人は誰か
講師をやっていたものの、なかなか試験勉強をする時間がなかった先生には恩恵があると言えるのかもしれませんが、最近は多くの都道府県が数年間の講師経験者は1次試験を免除すると言った優遇措置をとっているため、それほどのアドバンテージにはなりません。
むしろ、試験を簡単にすることで教員の質が担保できなくなる危険性を大いにはらんでおり、そちらの方がメリットを上回ると言えるのではないでしょうか。
教職の根幹に関わる部分を蔑ろにする危険性
そして、今回の教職教養廃止の件で一番の致命的なところは、『都道府県が「教職教養は不要である」という姿勢を見せてしまった』ことであったと私は考えます。
公務員であるにも関わらず、
守るべき「教育法規」、
日本国民を育てる上で大切にしなければならない「日本国憲法」、
人を育てる上で知らなければならない「教育心理学」(もっとも、教育心理学の中には『アマラとカマラ』など、とうの昔に淘汰された内容もあることは否めませんが)
これらを軽んじる姿勢を県が示してしまった。
このことが残念でなりません。
専門教科を含め、様々なバックグラウンドを持つ人々が教員を志す以上、共通認識として持っていなければならないものを軽んじるということは、いわば扇子の要を外したも同然です。
広がるどころか分解されてしまうでしょう。
江戸時代、水戸藩は弘道館という藩校で水戸学を広め、良い意味でも悪い意味でも尊王攘夷などの思想面から日本を動かす潮流を作りました。
そんな歴史を持つ茨城県が、令和の現代に、思想を放棄して目先のことに囚われて改革をしてしまったことは無念と言わざるを得ません。
おわりに
以上、思うことをつらつらと述べていきました。
長くなってしまいましたが、簡単にまとめると
『茨城県はかつて水戸学や尊王攘夷思想で日本を動かそうとした歴史のある地域なのに、目先の人材確保にとらわれて思想や先人の知恵を捨て、デメリットしかない上っ面の改革をするのは残念だよね』
という意見でした。
最後までおつきあいいただきありがとうございました。
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