校則はなんのためにある?守るメリットは?ブラック校則の存在理由を考えてみた

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はじめに

今回は、いわゆるブラック校則についてです。一週間ほど前に、文科省が出している、生徒指導提要という生徒指導に関する資料が改訂されました。

“行き過ぎた校則”なくす 生徒指導の手引き12年ぶりに改訂 | NHK | 教育

この記事では、生徒指導提要についてと、校則のあり方について考えていきたいと思います。
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生徒指導提要とは

「生徒指導提要」とは、小学校段階から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や実際の指導方法等について、時代の変化に即して網羅的にまとめ、生徒指導の実践に際し教職員間や学校間で共通理解を図り、組織的・体系的な取組を進めることができるよう、生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書として作成したものです。
平成22年に始めて作成して以降、いじめ防止対策推進法等の関係法規の成立など学校・生徒指導を取り巻く環境は大きく変化するとともに、生徒指導上の課題がより一層深刻化している状況にあります。
こうしたことを踏まえ、生徒指導の基本的な考え方や取組の方向性等を再整理し、今日的な課題に対応していくため、12年ぶりの改訂を行い、令和4年12月に公表しました。

貼り付け元  <https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1404008_00001.htm>

生徒指導提要(改訂版):文部科学省 (mext.go.jp)

つまり、生徒指導を行う際に根拠となるものがこの生徒指導提要というものなのですね。

校則は何のためにあるのか

本来、校則は子どもたちの規範意識を育てるほかに、子どもたちを危険から守るという目的があります。

例えば、時間までに着席をする、というのは生活していく中で時間意識を持つためで、カンニングが禁止されているのは社会において試験でカンニングをすることが許されていないことを知るためといえるでしょう。靴のかかとをつぶさない、というのは地震や火災の際に安全に避難するためです。

では、なぜ服装に関する規定があるのでしょうか。この次の項目では、個人的見解を述べていきます。

なぜ校則に服装の規定があるのか

なぜブラック校則は服装や髪型に細かな規定を設けているのでしょうか。それは、「かつて服装や髪型が非行のスクリーニングとなっていた時代が存在したから」ではないかと考えられます。

昭和の時代を振り返れば、いわゆる「タケノコ族」「ツッパリ」の系譜から、平成の「ギャル」に至るまで、「ガッコー」という場において反抗的な姿勢を見せる青少年は、おしなべて服装や髪型を乱し、喫煙、飲酒をしたり、近所でたむろしたりしていました。そして、「服装が乱れている=大人に頼りたくない子ども」という構図が生まれ、そこにつけこむ悪意ある大人が接触してくるという悪循環が発生し、非行が増えていきました。

つまり、「わざと校則から外れるような身だしなみをすることで自己表現をしていた子どもが悪い大人に目をつけられた時代」があったので、この対抗策として「身だしなみに規定を設けることで青少年の自己表現を封じ、悪意ある大人が寄りつかないようにしよう」という意図があったのではないでしょうか。

そして、その対策は一時的に功を奏したものの、時代が変わりもはや子どもたちは「盗んだバイクで走り出す」のではなく、表向きは大人しく言うことを聞いていても、内心では「うっせえうっせえうっせえわ」と毒づくようになりました。そうすると、校則はただの悪法となり、子どもたちに全くプラスに作用しない「ブラック校則」となりはてたというわけです。

教師の価値観が現代社会と乖離している?

こうなると考えていかなければならないのが、教員の規範意識がアップデートされているのかということです。また、校則の意味を問われたときに「子どもを守るため」という意識をどれだけの教員がもっているでしょうか。
平成初期の価値観を持ち、それを死守することに意固地になっており、大切な信頼関係の構築をおろそかにしてはいないでしょうか。

子どもの身体的・心理的安全が、大人からは見えにくい側面から脅かされている現状では、制服の着こなしや髪型のハード面のルールで守れるとはとうてい思えず、むしろソフト面からのアプローチで常に身近な信頼できる存在として大人はあるべきなのではないでしょうか。守らなければならないものは子どもたちの安全のはずです。

おわりに

繰り返しになりますが、本来生徒指導は、悪意がある大人たちから子どもたちを守るための決まりとして存在していた側面があったことは間違いないでしょう。

今までは見た目で悪意ある人たちを寄せ付けないために身だしなみに関する規定がありました。その一方で社会のあり方が多様化していく中、時代の波に遠い位置にある学校現場だけが、今までの「身だしなみによる子どもたちの保護」が有効であると考え、時代遅れの規定を死守することに力を注いだ結果、現代社会と噛み合わない、ちぐはぐな校則だけが残っていったととらえることができます。

これからの時代を生きていく子どもたちを育てる教育現場であるからこそ、時代を冷静に見据え、考え方をアップデートしていける柔軟さを持ち合わせて日々を過ごしていきたいものです。

さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。

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