夏に赤間神宮に参拝して、平家物語に思いをはせた話

旅と文化の探訪記
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はじめに

今回は2017年の夏に赤間神宮に参拝した体験談です。なぜこの時期に記事にしたかというと、アニメ版平家物語が最終回であったことと、旧暦にはなりますが1185年3月24日は壇ノ浦の戦いが行われた日でもあるからです。

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赤間神宮とは

山口県下関市阿弥陀寺町に鎮座。旧官幣大社。安徳天皇をまつる。文治元年(一一八五)三月二十四日平氏が壇ノ浦で敗滅のとき、安徳天皇も入水崩御、その遺骸は赤間関紅石山麓の阿弥陀寺境内に葬られたが、建久二年(一一九一)閏十二月長門国に勅してその陵上に御影堂を建立、阿弥陀寺を勅願寺とし、建礼門院乳母の女少将局命阿尼に命じ奉仕させ、菩提を弔わしめられた。これが起源で、以後皇室の崇敬をうけ、明治維新ののち、御影堂を改めて天皇社と称したが、木戸孝允らの計らいで明治八年(一八七五)十月官幣中社とし、地名より赤間宮と称し、さらに昭和十五年(一九四〇)八月官幣大社に昇格、赤間神宮と改称した。

“あかまじんぐう【赤間神宮】”, 国史大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2022-03-24)

実際に行ってみた

階段をひたすらのぼっていくと、竜宮城のような見た目の門が出迎えてくれます。二位尼が安徳天皇を抱いて入水する際に「海の中にも都がございましょう」と言ったエピソードから竜宮城を模しているそうです。

中をくぐると本殿が見えてきます。

華やかなビジュアルの神社ですが、そこはかとない寂しげな雰囲気が漂っていました。

神社の裏手には、平家一門が葬られています。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、という琵琶法師の語りが聞こえてきそうな雰囲気です。

平家物語とは

戦記文学。十二巻。作者未詳。十三世紀前半の成立か。『源平盛衰記』四十八巻は、数ある異本の一つ。『保元物語』『平治物語』『承久記』とともに「四部合戦状」といわれる(『蔗軒日録』など)。治承四年(一一八〇)―元暦元年(一一八四)に展開された源平合戦の描写を軸に、その前後の平家一門の興隆と滅亡とを、仏教的な無常観を背景に記している。書名のゆえんもここにある。異本が数多く派生したため、相互に本文転化の過程を追い系統づけられないほど、混淆を示している。したがって、外見上の特徴を把えて大きく分類する方法で整理されている。もと三巻といわれ、それが六巻、十二巻、四十八巻などと倍増されてきたとされるが、原本の形態を具体的に示すことは不可能に近い。作者として伝えられている人々や成立年代についての諸説が、必ずしも広範囲の賛同を得ていないのも、この本文の混淆に一因があるといえよう。

“へいけものがたり【平家物語】”, 国史大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2022-03-24)

おわりに

平家が都を追われて最後にたどり着いた壇ノ浦。壇ノ浦を見下ろすように建つ赤間神宮は、お盆の季節だったということもあり、静かな中で参拝することができました。
参拝するまでは「軍記物の平家物語」といいましょうか、物語として捉えていた部分があったのですが、こうして史跡に行くと実際に戦があったのだということをしみじみ感じます。

過去を生きていた人間も、今を生きる我々と同じように、喜び、悲しみ、怒り、悩んでいた。同じような感情を持つ者たちが戦をして命を奪い合っていた。そう考えると、人々の営みをかたちにして残すという行為は、とても尊いものですね。

最後までおつきあいいただきありがとうございました。

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